部屋の第一印象は2秒で決まり、その印象は半年間続く。

2020.6.14


空き室になり、部屋の掃除やリフォームを済ませれば、あとは内見者を待つばかり。

物件との出会いを心から喜んでくれる、新たな住まい手の姿を思い描き、楽しみにその時を待ちたいものです。しかし、 ある調査結果によると、部屋探しをする人が、 数多あるネット上の候補物件から内見希望に選ぶのは、一人平均3軒程度。

一軒ごとの内見時間は6〜15分が最も多く、長くても20分でした。

希少なチャンスにもみえる内見のために、どんな準備が出来るでしょうか。見学者の脳内で、どんな思考が繰り広げられるのかという点から考えてみましょう。

判断をくだすのは、潜在記憶。

人間の意思決定は、「速い思考=直感的処理」と「遅い思考=論理的処理」という二つのモードで構成されている、という行動経済学の理論があります。

物件選びは、(少なくとも内見に来ている段階では)滞在時間の短さから考えても、前者の直感的処理モードで判断が行われていると考えてよいでしょう。

日常のほとんどの決断が、この直感的処理に支配されているといい、これは、潜在記憶にある知識を “無意識に” 取り出しながら、瞬時に判断していくモードです。

見学者の様子をみていると、いつもの自身の姿を思いおこし、設備の使い勝手や、広さ高さが自分仕様に合っているか、順次チェックをしています。

過去の経験と照らしつつ、便利、嬉しい、妥協が可能、と直感的判断を重ねていくことで、最終的な結論へと気持ちを固めていくのでしょう。

最後までつづく、第一印象。

こうした状況下、無視できないのは第一印象の大切さです。

第一印象は、2秒で決まるという実験結果もあり、さらに最初の印象は半年続くといわれています。

人は、最初に持った印象や、既に持っている意見を正当化したい、という思いが無意識に働き、そのための裏づけとなる理由を探すことに、意識を集中してしまう傾向があります。この現象は、心理学用語では「確証バイアス」と呼ばれます。

内見者が、初めに明るく好意的な印象を持ったとすれば、そのあとの時間は “先程の” よい印象を裏づける確証を探す目で、内見を進める可能性も高いのです。

勿論、逆もまた然り。

物件評価は、玄関ドアを目にしたその瞬間から、始まっていると考えてよいでしょう。

無意識にうけとる、安心感。

旅先のホテルやカフェなどに、長居をしたくなる心地良さを感じたことはあるでしょうか。

大切な人をお迎えする場である、茶の湯の世界でも、茶室の空気、仄かな香りや明るさ暗さなど、空間のもつ佇まいを心地良く整えることは、基本的な要素として大事にされます。

そうした席で、もっとも大切な役割をする茶道具は、最初に目に入る掛物です。

掛物は、主人と客に、共通の心のひびきを引き出してくれるものであり、場のテーマをゆるやかに共有する、主人からのメッセージとして、設えられているためでしょう。

樹木希林さん主演映画のタイトルとしても知られる「日々是好日」という言葉は、掛物にも用いられる有名な禅語ですが、このような軸をみて、真の意味を知らない場合でも、書の柔らかさや強さ、設えの雰囲気などから、個々人がそれぞれに受け取る心地よさがあれば、それが、主人からのメッセージとなるのです。

心地よい空間には必ずある、隠れたもてなし

好感を抱いたカフェやホテルの空間にも、茶室の掛物のように、迎える心を伝えようとする、何かしらの要素が施されていることが考えられます。

中でも、照明など灯りがもたらす心理的効果はよく知られており、たとえば、入口よりも空間の奥を明るくすると、人は安心して奥に進める、というサバンナ効果などは有名です。

物件でも、玄関に現れた見学者が、奥にある部屋や廊下の明るさを目にすることで、安心して、この部屋をみてみたい、という気持ちに入っていけるでしょう。

アートがもたらす効果への期待

物件に明るい印象をもたらす方法として、アートから享受できる効果にも期待ができます。

2018年の調査結果によると、世界の美術市場規模は7.5兆円に達し、モバイルゲーム市場(約7兆円)を上回りました。

これに対し、日本の2018年アート産業市場規模は、推計3434億円。美術品市場は2460億円と世界のわずか3%という状況です。

日本では、日常的にアートを飾り、楽しむという習慣が根付いているとはいい難い環境ですが、アート作品が、人の幸福感や生活満足度、さらには精神的健康に影響を与えることは認知されつつあり、商業施設やコミュニティスペース、病院など、絵や写真が飾られていない空間は、もはやほとんど見あたりません。

実際に、小売店舗でのアート作品の有無が、消費者の購買に影響を与えることなども明らかになってきています。

脳が休まる瞬間にこそ、明るい印象がわきあがる。

アートの存在に期待するのは、見学者に、創造性豊かな発想ができる心理状態をもたらすこと。

内見者は、一つ一つの事象をチェックするという点で、直感力を働かせて判断を捌いていますが、一方で、物件全体を評価するという、たった一つの目的に意識を集中させている状態でもあります。

脳科学によれば、自由な発想をうながす創造性は、一つのことを真剣に考えているときではありません。

散歩や休憩など、無意識脳が刺激されるときにこそ発揮されやすくなるのです。

アートは、散歩のように、予期しないクリエイティブな思考との出会いをもたらす力があると考えられ、発想を自由にひろげ、楽しみながら住まいを見てもらうことが、明るい選択につながる可能性を秘めているといえます。

アートとは。高価なものが必要か。

アートとは何でしょう。

物件に飾る絵は、色彩や形状が空間に映えることは考慮するとして、子どもの絵や名もなき絵であっても良いのではないでしょうか。

岡本太郎氏は、絵を観ることについて自著にこう書いています。

「あなたはそこにある画布、目に映っている対象を見ていると思いながら、じつはあなたの見たいとのぞんでいるものを、心の中にみつめているのではないでしょうか。」

作品が傑作か駄作かということは、作家自身ではなくみる側の心が決めていることであり、見る者の心に、何かが生まれるのであれば、それは、立派な作品だ、といえるのです。

こうして、可能な限り、訪問者の思考プロセスの予測をし、出来る準備を施していくことは、楽しいオーナー体験にもなるのではないでしょうか。

内見者の思考に寄り添うことは、物件価値を向上させるヒントを見つけることでもあり、一通りの対策は、物件の見せ方を試行錯誤していくうえで、今後の見直しの評価軸としても、役立てることが出来るでしょう。